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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)202号 判決

原告

宮本晃

右訴訟代理人弁護士

浅田千秋

被告

玉川税務署長

中野稔

右指定代理人

東亜由美

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

原告の平成二年分の贈与税について被告が平成三年一二月二七日付けでした更正(以下「本件更正」という。)のうち課税価格一六〇万円及び納付すべき税額一〇万円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定」といい、本件更正と合わせて「本件課税処分」という。)を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、原告がその母から上場株式を買い受けたところ、被告が、右株式の譲渡時点の東京証券取引所における最終価格と右株式の売買代金との差額について相続税法七条に基づき贈与により取得したものとみなされる金額であるとして、本件更正及び賦課決定を行ったので、原告が、右株式の譲渡は同条の低額譲渡には当たらないとして、その取消しを求めている事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告の母である宮本ヨシ(以下「ヨシ」という。)は、平成二年五月一四日、新宿区に所在する同人所有の土地建物を栄泉不動産株式会社に一二億三五〇〇万円で譲渡し、右譲渡代金から仲介手数料三八二二万三三〇〇円を差し引いた一一億九六七七万六七〇〇円の小切手を受領し、株式会社富士銀行新宿支店(以下「富士銀行」という。)のヨシ名義の普通預金口座で取り立てた。

2  平成二年六月八日、原告は、明光証券株式会社新宿支店(以下「明光証券」という。)に信用口座を開設し、同月一二日、ヨシも明光証券に口座を開設した。さらに、原告及びヨシは、同日、株式会社住友銀行赤坂通支店(以下「住友銀行」という。)にそれぞれ普通預金口座を開設した。原告は、同月一三日、住友銀行に対して、原告が明光証券で信用取引を行うために必要な二億五〇〇〇万円とヨシからジューキ株式会社の株式(以下「ジューキ株式」という。)三六万株を購入するために必要な三億五〇〇〇万円の融資を申し込んだ。

3  平成二年六月一五日、富士銀行のヨシ名義の普通預金口座から九億八〇〇〇万七二一円が引き出され、右金額のうち九億七〇〇〇万円が、明光証券のヨシ名義の口座に振り込まれた上、更にこれが引き出されて住友銀行のヨシ名義の普通預金口座に振り込まれた。同日、住友銀行のヨシ名義の普通預金口座から三億七〇〇〇万円が引き出され、同支店でヨシ名義の自由金利型定期預金(以下「本件定期預金」という。)が設定された。

4  平成二年六月一八日、原告は、本件定期預金を担保として差し入れることにより、住友銀行から二億五〇〇〇万円の融資を受け、右金員が住友銀行の原告名義の普通預金口座に入金された。同日、原告は、明光証券に対して、ジューキ株式三六万株を一株当たり一六四〇円で売却(信用売り)するように依頼し、右信用取引に係る保証金差入れのため、住友銀行の原告名義の普通預金口座から二億四六〇〇万四二一円を引き出して、明光証券の原告名義の口座に二億四六〇〇万円を振り込んだ。

一方、ヨシも、同日、明光証券に対して、ジューキ株式三六万株を一株当たり一六四〇円で購入することを依頼するとともに、右株式購入代金支払のため、住友銀行のヨシ名義の普通預金口座から六億円を引き出して、明光証券のヨシ名義の口座に振り込んだ。

右原告及びヨシの各株式取引は、同日、売買が成立した。

5  平成二年六月二一日、ヨシは、ジューキ株式三六万株の購入代金及び手数料等の合計額五億九一五五万九一六二円を明光証券に支払い、同株式を受領した。

同月二六日、原告とヨシは、ヨシが一株当たり一六四〇円で取得したジューキ株式三六万株を一株当たり九九七円、代金総額三億五八九二万円で原告に売却するという内容の株式売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

同日、原告は、本件売買契約に基づく代金支払のため、同月一三日に住友銀行に対して行った三億五〇〇〇万円の融資申込みの担保として本件売買契約によってヨシから取得したジューキ株式三六万株を差し入れるとともに、住友銀行に対してヨシの本件定期預金を担保として、更に二〇〇〇万円の追加融資を申し込み、同日、住友銀行から三億七〇〇〇万円の融資を受け、右三億七〇〇〇万円のうち本件売買契約に基づくジューキ株式三六万株の購入代金三億五八九二万円を住友銀行のヨシ名義の普通預金口座に振り込んだ。

6  平成二年七月三日、原告は、ヨシから購入したジューキ株式三六万株を明光証券に持ち込み、原告の保護預り口座に入庫した。

同月六日、原告は、明光証券で行ったジューキ株式の信用売りの決済に、右保護預り入庫したジューキ株式三六万株を現物で当てたため、右信用売りによる株式売却代金から手数料等を差し引いた五億八二六〇万八五九円と右4の信用取引に係る保証金二億四六〇〇万円の合計額八億二八六〇万八五九円が明光証券の原告の口座に入金された。

同日、原告は、明光証券から右金額の全額を引出し、住友銀行の同人の口座に振込入金した。

同月九日、原告は住友銀行から融資を受けていた右4記載の二億五〇〇〇万円及び右5記載の三億七〇〇〇万円の合計六億二〇〇〇万円の全額を返済した。

7  相続税及び贈与税の課税価格計算の基礎となる財産の評価に関しては、相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七国税庁長官通達(ただし、平成二年八月三日付け直評一二、直資二―二〇三による改正前のもの)、以下「財産評価通達」という。)が公表されており、上場株式の評価に関する財産評価通達一六九は、上場株式の価額は、その株式が上場されている証券取引所の公表する課税時期の最終価格又は課税時期の属する月以前三か月間の毎日の最終価格の各月ごとの平均額(以下「最終価額の月平均額」という。)のうち最も低い価額によって評価する旨定めている。

ジューキ株式一株当たりの東京証券取引所における平成二年四月から同年六月までの最終価格の月平均額は、四月が九九六円、五月が一一三八円、六月が一五一二円であり、課税時期である同年六月二六日の最終価格は一六二〇円であった。

8  原告は、本件売買契約におけるジューキ株式一株当たりの譲渡価格が九九七円であり、同株式の東京証券取引所における平成二年四月の最終価格の月平均額が九九六円であることから、相続税法七条に定める著しく低い価格の譲渡に当たらないとして、平成三年三月一日、平成二年分の贈与税について、本件売買契約に基づくジューキ株式の譲渡を含めず、その課税価格を一六〇万円、納付すべき税額を一〇万円として申告した。

被告は、同年一二月二七日付けで、右申告に対し、課税価格を二億二五八八万円、納付すべき税額を一億四九七六万一〇〇〇円とする本件更正及び過少申告加算税の額を二二四二万四〇〇〇円とする本件賦課決定をした。

原告は、これを不服として、平成四年一月二七日、被告に対し、異議の申立てをしたが、被告は、同年四月一五日、これを棄却する決定をした。

原告は、さらに、同年五月一一日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、平成六年四月五日、これを棄却する裁決をした。

二  本件更正及び賦課決定の課税根拠についての被告の主張

1  本件更正について

原告の贈与税の課税価格及び納付すべき贈与税額は、以下のとおりであり、本件更正に係る金額と同額であるから、本件更正は適正である。

(一) 贈与税の課税価格

二億二五八八万円

右金額は次の(1)及び(2)の金額を合計した金額である。

(1) 現金 一六〇万円

右金額は、平成二年一〇月八日に締結された現金贈与契約に基づき、原告がヨシから贈与された現金の額である(この点は、当事者間に争いがない。)。

(2) 相続税法七条に基づき贈与により取得したものとみなされる金額

二億二四二八万円

右金額は、平成二年六月二六日に締結された本件売買契約に基づき原告がヨシから買い受けたジューキ株式三六万株の売買代金三億五八九二万円と同日の東京証券取引所におけるジューキ株式の一株当たりの最終価格一六二〇円に右売買株数三六万株を乗じた金額である五億八三二〇万円との差額であって、相続税法七条に基づいて贈与により取得したものとみなされる金額である。

(二) 納付すべき税額

一億四九七六万一〇〇〇円

右金額は、右(一)の課税価格から相続税法二一条の五に規定する基礎控除六〇万円を控除した金額である二億二五二八万円に同法二一条の七(平成四年法律第一六号による改正前のもの)に定める税率を適用して算出した金額である。

2  本件賦課決定について

原告に課されるべき過少申告加算税の額は、本件更正に基づき原告が新たに納付すべきこととなった税額一億四九六六万円(国税通則法一一八条三項の規定に基づき一万円未満の端数を切り捨てた後の金額)に同法六五条一項に基づき一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額と、右税額のうち五〇万円を超える部分に相当する一億四九一六万円(同法一一八条三項の規定に基づき一万円未満の端数を切り捨てた後の金額)に同法六五条二項に基づき一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額との合計額二二四二万四〇〇〇円であり、本件賦課決定における過少申告加算税の額と同額であるから、本件賦課決定は適法である。

三  争点

本件の争点は、本件売買契約により原告が取得した株式の価額をどのように評価するかという点であり、この点に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  被告の主張

(一) 贈与税は、相続税の補完税として、贈与により無償で取得した財産の価額を対象として課される税であるが、その課税原因を贈与という法律行為に限定した場合には、著しく低い価額の対価で財産を譲渡することにより、贈与税の負担を回避しつつ、財産を生前に処分することで相続税の負担の軽減を図ることができることになり、租税負担の公平が著しく害されることとなるので、このような不都合を防止するために、相続税法七条は、時価より著しく低い価格で売買が行われた場合には、当事者に贈与の意思があったかどうかを問わず、その対価と時価との差額に相当する金額の贈与があったものとみなすこととしている。

同条に規定される時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額をいうものであるが、相続財産の客観的交換価格は必ずしも一義的に確定されるものではなく、納税者の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地から、あらかじめ定められた評価方式により、これを画一的に評価する方が合理的であるとして、右時価の具体的な算定については、国税庁長官が各国税局長あてに発した財産評価通達の定めに従い行われているところである。

そして、上場株式の評価に関して財産評価通達一六九は、上場株式の価額は、その株式が上場されている証券取引所の公表する課税時期の最終価格又は課税時期の属する月以前三か月間の最終価格の月平均額のうち最も低い価額によって評価する旨定めている。

相続税法七条の定める時価を前記のとおりとすると、証券取引所における取引価格が毎日公表されている上場株式に関しては、本来、課税時期における証券取引所の当該上場株式の最終価格をもって時価とすれば足りるとも考えられる。しかしながら、財産評価通達に基づいて評価することが予定されている相続、贈与による財産の移転が、主に夫婦間及び親子間などにおいて行われるような対価を伴わないものであり、特に相続は、被相続人の死亡という偶発的な要因に基づき発生するものであるところ、証券取引所における上場株式の価格は、その時々の市場の需給関係によって値動きすることから、時には異常な需給関係に基づき価格が形成されることもあり得るので、こうした偶発的な価格によって上場株式が評価される危険性を排除するため、財産評価通達は、課税時期における証券取引所の最終価格のみならず、ある程度の期間の最終価格の月平均額をも考慮して上場株式の評価を行うこととしたものである。

(二) ヨシから原告に対するジューキ株式譲渡に関する一連の取引は、前記当事者間に争いのない事実のとおりであり、ヨシは、ジューキ株式の一株当たりの購入価格一六四〇円とその後本件売買契約に基づき原告に譲渡した一株当たり九九七円との差額六四三円に三六万株を乗じた二億三一四八万円相当の経済的損失を受け、原告は、同額の経済的利益を得たものであるが、原告の経済的利益は、当初からジューキ株式の市場価格と財産評価通達一六九に基づいて計算される価格との間に相当の開差があることに着目して、贈与税の負担を回避すべく計画的に行われたものであり、通常の第三者間では成立し得ない著しく低い価格によって本件売買契約を締結し、かつ、上場株式の取得から売却までの間の株価の変動による危険を防止するため、証券会社の信用取引を介在させるという方法まで講じているものである。

このような計画的な取引は、財産評価通達一六九の目的とする趣旨にそったものではないから、本件売買契約に基づく売買に関して財産評価通達一六九を適用する必要性がないことは明らかであり、本件売買契約にかかるジューキ株式の時価につき、財産評価通達一六九を画一的、形式的に適用して評価することは、かえって、相続税法七条の立法趣旨に著しく反することになる。

したがって、本件売買契約におけるジューキ株式の時価は、その客観的交換価値を最も的確に反映している東京証券取引所の課税時期の最終価格である一株当たり一六二〇円によって算定することが最も合理的な評価方法であるといえる。

(三) 原告は、財産評価通達が公表され、国民すべてに平等に適用されている以上、財産評価通達が形式的に適用されるべきであり、財産評価通達の定める方法によらずに、本件課税処分を行ったことは、かえって、租税負担の公平に反する旨主張する。

しかしながら、本件のような場合にまで、形式的、画一的に財産評価通達を適用して上場株式の時価を評価することは、相続税法七条の立法趣旨に反する不合理な結果を招くだけでなく、同時に、納税者間における実質的な租税負担の公平をも著しく害することになり、このような場合には、財産評価通達に定めのない他の合理的な方法により財産の評価を行うことが許されると解すべきである。

2  原告の主張

(一) 租税法律主義、財産権の不可侵、法の下の平等違反

相続や贈与における財産の時価の評価については、これを個別に行い、課税庁においてそれぞれ異なった取扱いをすることは、租税の平等負担、租税法律主義、財産権の保障に反する結果となることも考えられる。そのため、財産の評価については、財産評価通達により、評価方法を画一化し、これを広く国民に知らしめて、徴税費用の節減に限らず、評価の安全性、納税の簡便性、納税者の納税額の予測可能性などを保障しているのである。そして、課税するに当たっては、租税法律主義に拘束されるだけではなく、不意打ち的に国民の財産権を侵害しないことが憲法二九条一項により義務付けられている。

原告は、公表されている財産評価通達一六九によれば、ジューキ株式一株当たりの時価が、東京証券取引所における平成二年四月のジューキ株式一株当たりの最終価格の月平均額である九九六円と評価されることから、右株式を一株当たり九九七円でヨシから買い受けても著しい低額譲渡には該当せず、贈与税が課税されることはないと判断し、本件売買契約を締結したものであり、これに対して、財産評価通達を適用しないでジューキ株式の時価を評価することは、租税法律主義に反し、国民の納税額の予測可能性を害し、財産権の不可侵の保障にも反するものである。

また、課税するに当たっては、法の下の平等に反してはならないのであり、国がその行為や判断の基準として国民に公表したものに反して、恣意的、不意打ち的に行為ないし判断を変更することは、国民の予測を裏切るのみならず、同種類の財産の移動につき、ある者は課税され、ある者は課税を免れるという不公平が発生することは明らかである。

本件のような取引方法は、高額の相続税をできるだけ少なくするための法律の許す範囲内の節税対策であり、こうした節税対策をとったからといって、何ら非難されるべきいわれはない。本件のような節税対策は、国民一般に広く行われていると思われるところ、同種の株式売買すべての事例について課税することなく、原告の場合のみに、財産評価通達の定める方法によらない評価方法をとって課税することは平等原則に反することは明らかである。

被告は、財産評価通達一六九を画一的、形式的に適用することにより実質的な不公平が生ずる旨主張するが、実質的であれ形式的であれ、右通達が国民すべてに平等に適用されるのであれば、節税対策として本件のような方法をとる機会は国民に平等に与えられているといえるから、このような節税方法をとらなかった者との間で税額に差が生ずるとしても、これをもって不公平ということはできない。

(二) 禁反言の法理違反

課税実務においては、財産評価通達が何十年にわたって法律の解釈運用の基準とされてきたのであり、国民は、この基準に従って財産の評価をされ課税されることを信頼しているのであるから、財産評価通達を改正して、事前に国民に知らしめることなく、その予測、信頼を無視して解釈運用を変更することは、国民に予期せぬ多大の税負担を強いることになるのであり、禁反言の法理に反することになる。

本件のような個人間の上場株式の売買においては、銀行や証券会社、さらには税理士等も、平成二年八月の財産評価通達の改正以前は、財産評価通達一六九が適用されて株式の評価がなされるものと考えており、それにそって節税対策がとられ、税務署もこれを認める運用をしてきたはずである。したがって、財産評価通達の改正前の本件売買契約における株式の評価につき、財産評価通達一六九を適用せず、異なった評価方法によりなされた本件課税処分は、禁反言の法理に反するものである。

第三  争点に対する判断

一 相続税法七条は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡のあった時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与に因り取得したものとみなす旨規定している。

贈与税は、相続税の補完税として、贈与により無償で取得した財産の価額を対象として課される税であるが、その課税原因を贈与という法律行為に限定した場合には、有償で、しかも、時価より著しく低い価額の対価で財産の移転を図ることによって、贈与税の負担を回避しつつ、本来、相続税の対象となるべき財産を生前に処分することで相続税の負担の軽減を図ることができることになり、租税負担の公平が著しく害されることとなる。同法七条の規定は、こうした不都合を防止する目的で、時価より著しく低い価格で売買が行われた場合には、当事者に贈与の意思があったかどうかを問わず、その対価と時価との差額に相当する金額の贈与があったものとみなすこととしているものと解される。

ところで、同条に規定される時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額をいうものと解するのが相当であるが、相続対象財産の客観的交換価格は必ずしも一義的に確定されるものではなく、これを個別に評価すると、評価方法等により異なる評価額が生じたり、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあるため、課税実務上は、財産評価の一般的基準が財産評価通達により定められ、これに定められた評価方法によって画一的に財産の評価が行われているところである。

右のように財産評価通達によりあらかじめ定められた評価方法によって、画一的な評価を行う課税実務上の取扱いは、納税者の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からみて合理的であり、一般的には、これを形式的にすべての納税者に適用して財産の評価を行うことは、租税負担の実質的公平をも実現することができ、租税平等主義にかなうものであるというべきである。

しかしながら、財産評価通達による画一的評価の趣旨が右のようなものである以上、これによる評価方法を形式的、画一的に適用することによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害し、また、相続税法の趣旨や財産評価通達自体の趣旨に反するような結果を招来させる場合には、財産評価通達に定める評価方法以外の他の合理的な方法によることが許されるものと解すべきである。このことは、財産評価通達六が「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と定め、財産評価通達自らが例外的に財産評価通達に定める評価方法以外の方法をとり得るものとしていることからも明らかである。

二  ところで、財産評価通達一六九は、上場株式の評価に関して、上場株式の価額は、その株式が上場されている証券取引所の公表する課税時期の最終価格又は課税時期の属する月以前三か月間の最終価格の月平均額のうち最も低い価額によって評価する旨定めている。

証券取引所における取引価格が毎日公表されている上場株式に関しては、本来、課税時期における証券取引所の最終価格が当該上場株式の客観的交換価値、すなわち、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額そのものであるということができる。しかしながら、財産評価通達に基づいて評価することが予定されている相続、贈与による財産の移転が、主に夫婦間及び親子間などにおいて行われるような対価を伴わないものであり、特に相続は、被相続人の死亡という偶発的な要因に基づき発生するものであるところ、証券取引所における上場株式の価格は、その時々の市場の需給関係によって値動きすることから、時には異常な需給関係に基づき価格が形成されることもあり得るので、こうした一時点における需給関係に基づく偶発的な価格によって偶発的な要因等によって無償取得した上場株式が評価される危険性を排除し、評価の安全を確保するため、右財産評価通達一六九は、課税時期における証券取引所の最終価格のみならず、ある程度の期間の最終価格の月平均額をも考慮して上場株式の評価を行うこととしたものであると解することができる。

三  そこで、本件売買契約に基づくジューキ株式の譲渡の取引経過についてみるに、原告及びヨシは、本件売買契約に先立ち、平成二年六月一八日、口座を設定した明光証券に対し、ヨシについてはジューキ株式三六万株を一株当たり一六四〇円という市場価格で購入する注文を、一方、原告についてはジューキ株式三六万株を同額で信用売りするという注文をそれぞれ依頼しており、同日に同一銘柄を同株数、しかも同じ指値で売買注文をしていることは、前記のように当事者間に争いのないところである。このことからすれば、右注文に基づき証券市場において売買が成立することは容易に予想されるところであって、原告らもこれを当然承知の上で、右信用取引を介在させ、同日、同一銘柄、同株数及び同額の相対する取引を成立させることにより、原告及びヨシの親子間においては、右株式の取得から売却までの間に発生する証券市場における株価の変動による危険を防止しようとしたことがうかがわれるところである。また、原告が、ヨシの株式取得及び原告の信用取引のわずか八日後に本件売買契約を締結し、ヨシから株式の購入価格や取引時の市場価格を無視した金額で株式を購入したこと、続いて、原告は、自己が行った信用売りの決済をヨシから取得した右株式の現物を充当し、譲渡代金を受領するという方法をとったこと、右一連の取引によって、ヨシは、ジューキ株式の購入価格と本件売買契約における譲渡価格との差額相当の経済的損失を受ける一方、原告は右損失額にほぼ相当する経済的利益を受けていることは前記のように当事者間に争いのないところである。このことからすれば、右取引は、ジューキ株式の市場価格と財産評価通達一六九に基づいて計算される価格との間に相当の開差があることを利用して、ヨシから原告への実質的な財産の移転につき贈与税の負担を回避するために行われたものであるということができる(なお、原告も、財産評価通達一六九に基づく同株式の平成二年四月の最終価格の月平均額を考慮すれば、右経済的利益について贈与税が課税されることはないとの判断に基づいて、本件売買契約を締結したことは自認しているところである。)。

四 以上のように、本件売買契約を含む一連の取引は、専ら贈与税の負担を回避するために、財産をいったん株式に化体させた上、通常第三者間では成立し得ない著しく低い価額により本件売買契約を締結し、かつ、証券取引所における株価の変動による危険を防止する措置も講じた上、ヨシから原告への相続対象財産の移転を図る目的で行われたものというべきである。そうすると、このような取引について財産評価通達一六九を適用することは、偶発的な財産の移転を前提として、株式の市場価格の需給関係による偶発性を排除し、評価の安全を図ろうとする同通達の趣旨に反することは明らかである。そして、このような取引について、同通達を形式的、画一的に適用して財産の時価を評価すべきものとすれば、経済的合理性を無視した異常な取引により、多額の財産の移転につき贈与税の負担を免れるという結果を招来させることとなり、このような異常な取引を行うことなく財産の移転を行った納税者との間での租税負担の公平はもちろん、目的とする財産の移転が必ずしも多額ではないために、このような方法をとった場合にも、証券取引に要する手数料等から、結果として贈与税負担の回避という効果を享受する余地のない納税者との間での租税負担の公平を著しく害し、また、相続税法七条の立法趣旨に反する著しく不相当な結果をもたらすこととなるというべきである。

したがって、このような場合に、財産評価通達一六九に定める評価方法を形式的に適用することなく、本来的に上場株式の客観的な市場価格であることが明らかな証券取引所の公表する課税時期の最終価格による評価を行うことには合理性があるというべきである。

なお、財産評価通達一六九が、平成二年八月三日付け直評一二、直資二―二〇三による改正により、負担付贈与又は個人間の対価を伴う取引により取得した上場株式の価額は、課税時期の最終価格によって評価することとしたのも、こうした負担又は対価を伴う経済的取引行為については、一般の相続や贈与のような偶発的な無償取得であること等に配慮した評価上のしんしゃくの必要性がないことを明確にし、取得の動機いかんにかかわらず、本来的な時価の評価方法である課税時期の最終価格によることとしたものと解される。

五  原告は、本件売買契約にかかる株式の評価についてのみ、財産評価通達一六九を適用しないことは、租税法律主義、財産権の不可侵や法の下の平等、禁反言の原則等に違反する旨主張する。

原告の主張するところは、要するに、財産評価通達は、国が課税を行う際の基準として法令に準じて国民に公表されているものであり、国民はこれを信頼して負担すべき租税を予測し、行動するのであるから、財産評価通達を改正することなく、その定める評価方法によらずに、恣意的、不意打ち的に評価方法を変更することは、租税法律主義、ひいては憲法二九条の定める財産権の不可侵に違反し、また、禁反言の法理に反する、財産評価通達を画一的に適用しないことは平等主義に反するものであり、また、本件のような節税方法は広く一般的に行われていたものと思われるが、同様の事例すべてについて同様の取扱いをすることなく、原告の場合に異なる取扱いをすることは租税負担の公平、平等主義に反し、憲法一四条一項の定める法の下の平等に違反するというものである。

しかしながら、前示のとおり、上場株式の課税時期の最終価格が、相続税法七条に定める時価に該当することは明らかであるところ、課税実務の適正な運用を確保するという観点から、時価の内容を画一的、限定的に定めている財産評価通達が、行政上の先例として法律と同一の効力を有するに至っているということも困難であり、財産評価通達自体もこれによらない場合の例外を認めている趣旨からすれば、本件課税処分が法律の定めるところに従って課税が行われるべきであるとする租税法律主義に反するものでないというべきであるし、法律の定めるところに従って行われた本件課税処分が憲法二九条に違反するものでないことも明らかである。

また、租税法律主義の原則が貫かれる租税法律関係においては、禁反言の法理ないし信義則等の法の一般原理の適用は慎重に行われなければならないところ、原告のいう財産評価通達の定める方法によって財産の評価が行われるという納税者側の信頼の保護という点は、本件に関していえば、要するに、実質的な租税負担の公平に反するような方法で租税負担の軽減ないし回避を享受し得る利益をいうにすぎず、そのような利益が法的に保護されるに値するものとはいえないというべきであり、本件課税処分が禁反言の法理等に反する違法なものといえないことは明らかである。

さらに、憲法ないし税法の平等原則も、合理的な理由がある場合に法律の範囲内で課税実務上異なった取扱いをすることまでも禁止したものではなく、本件においては、租税負担の実質的公平を図るという合理的な理由に基づいて、上場株式の本来的な時価ともいうべき証券取引所の公表する課税時期の最終価格により評価したものであり、これが平等原則の観点から許容されない取扱いであるということはできない。

原告は、財産評価通達一六九が国民すべてに平等に適用されるのであれば、節税対策として本件のような方法をとる機会は国民に平等に与えられているといえるから、このような方法をとらずに課税される者との公平は考慮する必要がない旨主張するかのようであるが、本件のような方法により租税負担の回避を図ることが、相続税法七条の立法趣旨や財産評価通達一六九の趣旨に反すること明らかであるし、前示のとおり、こうした租税負担回避の手段をとることは、相当多額の財産の移転を行って初めて実効性があるものであり、租税負担の回避の機会がすべての人に平等に与えられているということもできないから、原告の右主張は失当である。

また、原告は、本件のような方法による節税は国民一般に広く行われていると思われるところ、原告の場合のみに、財産評価通達の定める方法によらない評価方法をとることは平等原則に反する旨主張するようであるが、本件において、財産評価通達の定める方法によらない評価方法をとることに合理性があることは前示のとおりであるから、仮に同種の事案において本件のような評価方法をとって課税をすることのなかった事例があったとしても、租税法律関係以外の他の事情を考慮するなどして殊更恣意的に本件についてのみ異なる取扱いをしたというような特段の事情がない限り、これをもって直ちに平等原則に反するものということはできないというべきである。

以上のとおり、原告の主張はいずれも採用することはできない。

したがって、本件売買契約にかかる株式の時価を課税時期の最終価格とする評価方法により評価することには合理性があり、原告の主張するような違法な点はないというべきである。

六  以上によれば、原告の平成二年分の贈与税の課税価格及び納付すべき贈与税額は、被告主張額と同額となり、本件課税処分は適法である。

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官秋山壽延 裁判官竹田光広 裁判官森田浩美は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官秋山壽延)

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